
目次
第1章 金谷校、始動
1-1 7年目に実現した2校目
1-2 放課後学習をしっかりやって「やればできる」という自信を
1-3 漢字の文字から変わっていった学習への姿勢
1-4 異学年で一緒に遊ぶ
1-5 金谷校にも駆けつけてくれたボランティアさん
1-6 金谷校は2人から7人へ
第2章 五和校、7年目で満員御礼
2-1 新1年生10人を迎えた新年度
2-2 みんなで学ぶから宿題もがんばれる
2-3 中高生までいる異年齢の学び
2-4 宿題が終わったら思いっきり遊ぶ
2-5 水路で捕まえたヤゴが羽化した
2-6 地域の人と一緒に餅つき
2-7 給食がない日の昼食提供
第3章 数字で振り返る2026年1学期
3-1 金谷校の利用実績
3-2 五和校の利用実績
3-3 2校合わせて延べ1,624人
第4章 子どもたちとつくる「放課後の共同体」
4-1 大人が子どもを育てているわけではない
4-2 トラブルも大切な学び
4-3 「管理者」ではなく「伴走者」として
4-4 「教育」から「共育」へ
第5章 子どもを真ん中にした居場所づくりへの挑戦
5-1 できる限り、子どもを分けない
5-2 制度ではなく「子ども」を主語にする
5-3 必要なのは「別の場所」ではなく「必要な支援」
5-4 制度の枠を少し広げればできるのではないか
第6章 放課後ひだまり教室を他の地域に広めていく挑戦
6-1 五和校で6年余り続けてきたこと
6-2 金谷校という「2校目」の意味
6-3 「どこででもできる仕組み」へ
おわりに 2学期も「楽しく、学びに満ちた放課後」を
第1章 金谷校、始動
1-1 7年目に実現した2校目
2020年1月、島田市立五和小学校区で始まった放課後ひだまり教室は、2026年度、開設7年目を迎えました。
そしてこの春、新たな挑戦として、島田市立金谷小学校区に2校目となる「放課後ひだまり教室金谷校」を開設しました。
金谷校そのものは2026年3月2日に開設し、子どもたちを迎えるための準備を進めてきました。実際に子どもたちの利用が始まったのは、金谷小学校の始業式が行われた4月8日でした。

最初に利用してくれたのは、小学4年生と小学1年生の2人です。学校から帰ってきたら宿題をし、終わったら一緒に遊ぶ。そんな小さな放課後から、金谷校はスタートしました。

その後、ほどなくして小学6年生と4年生の兄弟も利用してくれるようになり、4月中には4人の子どもたちが金谷校で放課後を過ごすようになりました。
五和校ではこれまで6年余り、学習支援と遊びの両方を大切にしながら、異年齢の子どもたちが一緒に過ごす放課後の居場所づくりを続けてきました。その取り組みを、五和小学校区だけのものにせず、別の小学校区でも実現できないか。その最初の一歩が、金谷校です。

ただし、金谷校は五和校をそのままコピーしたものではありません。五和校が空き家だった一軒家を利用し、多くの子どもたちが集まる場所へと育ってきたのに対し、金谷校は一般住宅の和室をお借りした、小さな場所から始めました。場所も規模も、そこに集まる子どもたちも違います。それでも、学校から帰ってきた子どもたちが安心して過ごし、宿題や学習を丁寧に支え、学年の違う子どもたちが一緒に遊ぶという基本は同じです。五和校で6年余り続けてきた放課後の形が、別の地域でも根付いていくのか。2026年度1学期は、その挑戦が始まった学期でもありました。
1-2 放課後学習をしっかりやって「やればできる」という自信を

金谷校を利用し始めた小学6年生の子について、ご家族から、
「家だとぜんぜん宿題をやらなくて」
と相談を受けていました。5年生の頃の算数の単元テストでは、100点満点で15点や20点ということもあったそうです。
そこで、金谷校を初めて利用した日に、現在の学習状況を確認してみることにしました。「かけ算九九」「分数のたし算・ひき算」「分数のかけ算・わり算」のプリントに取り組んでもらいました。
まず九九を確認すると、7の段と8の段に少し曖昧なところがありました。ただ、まったく分かっていないわけではありません。答えがすぐに出てこなくても、前の九九の答えに7を足して、次の答えを求めることができました。
分数のたし算・ひき算でも、最初は、「どうやるんだっけ?」というところから始まりました。そこで、「分母をそろえる『通分』をするんだけど」と伝えると、そこからはスルスルと問題を解くことができました。
この様子を見ていて分かったのは、この子は算数を理解する力が弱いわけではないということでした。「一度学習したことを忘れてしまっている」家庭学習や復習が十分ではなかったために、学習したことが定着していなかったのです。
そのことは、本人にもそのまま伝えました。「算数ができないわけじゃないよ。やり方を忘れているだけだと思うよ」そう伝えると、少し安心したような表情をしていたのが印象に残っています。
それからは、金谷校に来たら宿題に取り組み、間違えたところを直し、分からないところがあれば確認するという学習を続けました。そして4月30日に行われた、6年生になって最初の算数の単元テスト。結果は、100点でした。
もちろん、私たちは「100点を取ること」を目的に学習支援をしているわけではありません。この出来事で一番よかったと思うのは、それまで勉強が苦手だと思っていた子が、「ちゃんとやれば、自分にもできる」ということを、自分自身の経験として実感できたことです。

分からないところはそのままにせず、必要なら戻って学び直す。そうすれば「分かる」が増え、「できる」という経験も増えていきます。そして、その経験が次の学習へ向かう自信になります。
放課後ひだまり教室が学習支援で大切にしているのは、子どもたちを点数競争に追い立てることではありません。その子がどこでつまずいているのかを一緒に探し、必要なところを支えながら、「やればできる」という実感を積み重ねていくことです。
金谷校が始まって間もない4月に、そのことを改めて感じさせてくれた出来事でした。
1-3 漢字の文字から変わっていった学習への姿勢

金谷校が始まった4月8日から利用してくれている小学4年生の子がいます。
毎日、学校から帰ってくると、「ただいまぁ~!」と明るく元気に入ってきます。
そして、「あ~、疲れた!」と言いながらも、ランドセルを開けて宿題を始めます。
この子の1学期の変化で、とても印象に残っているのが「漢字ノート」です。
利用を始めた頃は、漢字練習の文字をかなり速く書いていました。そのため、文字が丸くなったり、「とめ」「はね」「はらい」が曖昧になったり、字の形が崩れたりすることがよくありました。
放課後ひだまり教室では、漢字ノートの丸付けを丁寧に行います。

「ここは、はねるよ」「この線は、もう少し長いね」「この字、ちょっと急いで書いたでしょう?」
気になるところには赤ペンを入れ、必要なところは書き直してもらっています。
最初の頃は直すところが多く、書き直しに時間がかかることがありました。それでも毎日続けているうちに、少しずつ文字が変わってきました。
ある日、本人が自分で、「ねぇ、この頃、直される数が減ったよねぇ」と言いました。
確かに、その通りでした。私たちが「上手になったね」と言う前に、本人自身が自分の変化に気付いていたのです。
とにかく早く1ページを書き終えるのではなく、一文字ずつ形を気にしながら丁寧に書くようになっていました。そして、漢字を丁寧に書くようになった頃から、算数でもうっかりした間違いが少しずつ減ってきたように感じました。
問題をよく読む。
数字を丁寧に書く。
慎重に計算する。
漢字で身に付いてきた「丁寧に取り組む」という姿勢が、ほかの学習にも表れてきたのだと思います。
もちろん、きれいな字を書くことだけが大切なのではありません。文字の得意不得意もありますし、書くこと自体に大きな負担を感じる子もいます。私たちが大切にしたいのは、字の上手・下手ではなく、自分の学習にどう向き合うかという心の在り方です。
間違えたら直す。
指摘されたことを、次は少し意識してみる。
昨日できなかったことが、今日は少しできるようになる。
そして、その変化に自分自身で気付く。
「直される数が減ったよねぇ」という何気ない一言には、この子が自分の成長を自分で感じられるようになったことが表れているように思います。そんな小さな変化を見逃さず、一緒に喜びながら支えていくことが、放課後ひだまり教室が大切にしている学習支援です。
1-4 異年齢で一緒に遊ぶ

金谷校では、宿題が終わると子どもたちは一緒に遊びます。天気のよい日には金谷小学校のグラウンドなどへ行き、ドッジボールやサッカー、鬼ごっこをします。
金谷校が始まった頃、そこにいたのは小学1年生、4年生、6年生。学年も、体の大きさも、できることも違います。それでも、遊び始めればみんな一緒です。1年生も上級生を追いかけて一生懸命走り、上級生は1年生の様子を見ながら、力を加減したり、遊びに入れるように声をかけたりします。
放課後ひだまり教室では、利用する子どもに学年や年齢による制限を設けていません。それは、異年齢の子どもたちが一緒に過ごすことに大切な意味があると考えているからです。
同じ年齢の友達とは違い、年齢が離れていれば、できることが違うのは当たり前です。上級生は年下の子に合わせることを覚え、年下の子は上級生の姿を見ながら、「自分もやってみたい」「もっと上手になりたい」と挑戦します。
金谷校の1年生は、みんなで遊ぶ時間がとても楽しいようで、お迎えの時間になると、「まだ帰りたくない……」とぐずることもありました。すると上級生の子が、「また遊ぼうね!」と優しく声をかけて送り出してくれます。大人が、「小さい子には優しくしてあげましょう」と教えたわけではありません。毎日一緒に宿題をして、一緒に遊び、一緒に過ごす中で、自然に生まれてきた関係です。
そして、異年齢の関係から学んでいるのは年下の子だけではありません。自分より小さな子と一緒に遊ぶためには、待ったり、譲ったり、教えたり、励ましたりする必要があります。自分が楽しむだけでなく、相手が楽しめているかを考えるようにもなります。

だから私たちは、「上級生が下級生を育てる」とだけ考えているわけではありません。下級生の存在によって、上級生もまた育っていきます。金谷校はまだ小さな集団ですが、1学期の毎日の遊びの中で、そんな異年齢の関係が少しずつ生まれ始めました。
1-5 金谷校にも駆けつけてくれたボランティアさん

放課後ひだまり教室には、以前からさまざまな地域の方がボランティアとして関わってくださっています。中には、滋賀県や神奈川県から何度も五和校まで来てくださっている方もいます。決して近い距離ではありません。それでも、子どもたちと一緒に過ごし、学習を見守り、遊びに加わるために、時間をつくって足を運んでくださっています。
そして金谷校を開設したことをお知らせすると、そうしたボランティアさんたちが、さっそく金谷校にも来てくださいました。五和校に以前から来てくれている、滋賀県在住のHariくんや神奈川県在住のTomoさんも、金谷校の開設を知って駆けつけてくれました。

利用する子どもの人数もまだ少なく、一般住宅の和室をお借りした小さな教室です。そんな新しい場所に、これまで五和校を支えてくれていた人たちが来てくれたことは、とても心強いことでした。
子どもの居場所をつくるためには、建物や教具だけがあればよいわけではありません。そこに、子どもたちを気にかけてくれる人がいること。「何かできることがあれば手伝いたい」と思ってくれる人がいること。そして、学校の先生でも家族でもないけれど、自分のことを知っていて、会えば声をかけてくれる大人がいること。そうした人とのつながりも、放課後の居場所をつくる大切な要素だと思っています。
ボランティアさんも、子どもを一方的に「指導する人」ではありません。一緒に宿題を見たり、遊んだり、話をしたり、ときには子どもから何かを教えてもらったりします。何度も会ううちに、子どもたちにとって顔なじみの大人になっていきます。
今回、金谷校を始めたことで改めて感じたのは、新しい場所をつくるということは、建物を一つ増やすことだけではないということです。五和校で育ってきた人とのつながりも、新しい場所へ広がっていきます。五和校で子どもたちと関わっていた人が、今度は金谷校の子どもたちと出会う。そして金谷校でも、また新しいつながりが生まれていく。放課後ひだまり教室が複数の地域へ広がっていくとき、場所だけでなく、子どもたちを支える人のつながりも一緒に広げていきたいと思っています。
1-6 金谷校は2人から7人へ

4月8日に小学1年生と4年生の2人から始まった金谷校は、その後、小学6年生と4年生の兄弟が加わり、4人になりました。そして7月には、新たに3人の子どもたちが利用を始め、利用する子どもは全部で7人になりました。
人数が増えるにつれて、教室の雰囲気も少しずつ変わってきました。
宿題の時間には、「もう終わった?」「これ、どうやるの?」「あと少しだから頑張ろう」
といった声が聞こえるようになりました。周りで友達が頑張っていることで、「自分もやろう」という気持ちになることもあります。

遊びも変わりました。2人ではできる遊びが限られていましたが、人数が増えることで、鬼ごっこやドッジボール、サッカーなど、みんなで楽しめる遊びも増えていきました。誰かが新しい遊びを提案したり、上級生がルールを教えたり、年下の子が思いがけないことを始めたり。仲間が増えることで、放課後の時間そのものが少しずつ豊かになっていきました。

また、新たに利用してくださった保護者の方からは「五和の人から、宿題をしっかり見てもらえる学童だと聞いて」というお話も聞きました。別の保護者の方からは、「ひだまり教室の方針がいいなと思っていて、金谷にもできたと知って通わせたいと思っていました。ようやく調整がついて、通わせられるようになりました」という、とてもうれしい言葉もいただきました。
金谷校の利用が広がっている背景には、五和校を利用してくださっている保護者の方が、金谷小学校区に住む知り合いのご家庭へ紹介してくださっていることがありました。

実際に利用している方から、「ひだまり教室、いいよ」と勧めていただけることは、私たちにとって特別な意味があります。五和校で積み重ねてきた日々が人から人へ伝わり、それが金谷校の利用につながっているからです。
もちろん、利用者が7人になったこと自体を目標にしているわけではありません。私たちにとってうれしいのは、金谷小学校区にも、「学校が終わったら安心して帰ってこられる場所がある」「一緒に宿題をする仲間がいる」「宿題が終わったら思いきり遊べる」「困ったときには助けてくれる大人や上級生がいる」そんな放課後が、少しずつ生まれてきたことです。

一人増えるたびに、新しい関係が生まれます。遊びが変わり、会話が増え、それまで関わることのなかった学年の子ども同士が一緒に過ごすようになります。
まだ始まったばかりの金谷校ですが、この1学期を通して、単に「子どもを預かる場所」ではなく、子どもたちが一緒に学び、遊び、関係をつくっていく居場所として、少しずつ形になってきました。

これからこの場所が、子どもたちと地域の人たちによってどのような放課後の居場所に育っていくのか。私たちも楽しみにしています。
第2章 五和校、7年目で満員御礼に
2-1 新1年生10人を迎えた新年度

2026年度、放課後ひだまり教室五和校には、新たに10人の新1年生が加わりました。
そのほかの学年にも新しく利用を始めてくれた子がいて、五和校は7年目にして、ほぼ満員の状態になりました。

2020年1月に五和小学校区で放課後ひだまり教室を始めた頃に目標としていたことが、コロナ禍を経て、ようやく7年目に達成することができました。
利用してくれる子が増え、保護者の方が知り合いに紹介してくださり、スタッフやボランティアさんに支えていただきながら続けてきた6年余り。その積み重ねの先に、今年度の「満員」があります。
でも、満員になることそのものが終着点ではありません。大切にしてきたのは、子どもたちが学校から帰ってきて、安心して過ごせる居場所を作ること。一緒に宿題を頑張り、終わったら思いきり遊べること。困ったときには、大人にも子どもにも助けてもらえること。そして、学年の違う子どもたちが一緒に過ごせる居場所を作るということです。

今年は、そこに10人の新1年生が一気に加わりました。4月の最初の頃は、学校生活そのものにまだ慣れていない子も多くいました。ランドセルを背負って歩いて帰ってくるだけでも疲れます。ひだまり教室に着くと、
「疲れた~」
と座り込む子もいました。
それでも、少し休んだらランドセルを開け、ひらがなや算数の宿題を始めます。
そんな1年生たちを、スタッフが愛情をこめて温かく迎え入れました。
7年目で満員になったことは、一つの節目です。でも、満員になったから完成したわけではありません。これだけ多くの子どもたちが集まるようになったからこそ、一人ひとりが安心して過ごせることを、これまで以上に大切にしていきたいと思っています。
2-2 みんなで学ぶから、宿題も頑張れる

五和校では、学校から帰ってくると、まず宿題に取り組みます。学年ごとに下校時刻が違ったりするので、帰ってきた子からそれぞれ自分の宿題を始めます。
漢字を書く子。
計算ドリルを進める子。
音読をする子。
自主学習に取り組む子。
学年も違えば、宿題の内容も違います。
それでも、みんなで学習していることで、自然と、「自分もやろう」という雰囲気が生まれます。

ひだまり教室はスタッフなどの大人が子どもの宿題を完璧にサポートすることを目指しているわけではありません。
子ども自身が、
「教科書を見てみよう」
「前にやったところを確認してみよう」
「友達に聞いてみよう」
と、自分で学ぶ方法を少しずつ身に付けていくことが大切だと思っています。
五和校では、子ども同士の教え合いもよく起こります。

同じ学年同士で考えることもあれば、上級生が下級生に教えることもあります。
そのとき分かる人が、そのとき困っている人を助ける。

「教わる子」と「教える子」は固定されていません。
そして人に教えることは、教える側にとっても、自分の理解を確かめる学びになります。
放課後ひだまり教室では、宿題を「とにかく終わらせればいい」とは考えていません。

「分からなかったことが分かった」「昨日より上手にできた」「自分で調べたら解けた」「友達に教えることができた」そんな経験を積み重ねてほしいと思っています。
もちろん、必要なときにはスタッフも一緒に考えます。放課後ひだまり教室では、宿題の丸付けも丁寧に行っています。漢字なら、字の形や「とめ・はね・はらい」を確認する。算数なら、答えだけではなく、どこで考え違いをしたのかを見る。
「どこまでは分かっているのか」
「どこで止まっているのか」
を見ながら、その子に必要な支援をします。
宿題は、一人で黙々と耐える時間でなくてもいい。五和校では、毎日の宿題の時間そのものが、子どもたちが一緒に学び合う時間になっています。
2-3 中高生までいる異年齢の学び

放課後ひだまり教室の特徴として、利用する子どもに年齢による制限を設けていません。これまで、年少児から高校3年生までの子どもたちが利用してきました。
現在の五和校には、小学生だけでなく、中学生や高校生が学習に来ています。

夕方になると、小学生が遊んでいるすぐ近くで、中学生や高校生が教科書や問題集を広げて勉強しています。

小学生にとって、それは特別な「進路学習」ではありません。いつもの放課後の風景です。
「なんか、むずかしそうなことやってるね」
と、中学生の問題集をのぞき込む小学生もいます。
まだ解ける問題ではなくても、「中学生になると、こんな勉強をするんだ」と知ることができます。今、自分が学んでいることの先に、また次の学びがある。そのことを、大人から説明されるのではなく、日常の風景として見ることができます。
また、年上の子にとっても、年下の子がいることには意味があります。「これ、どうやるの?」と聞かれれば、自分が知っていることを説明する機会が生まれます。自分にとっては当たり前になったことも、人に説明しようとすると、「どう言ったら分かるかな」と考える必要があります。
そして、年下の子から頼られることで、「自分にも教えられることがある」「自分は誰かの役に立てる」と感じることもできます。
地域で過ごす時間だからこそ、異年齢の子どもたちが同じ場所にいる環境が作れると思っています。
少し前を歩く年上の子がいる。
その姿を見ながら育つ年下の子がいる。
そして年下の子がいるから、自分の役割に気付く年上の子がいる。
五和校では、そんな異年齢の学びが日常の風景になっています。
2-4 宿題が終わったら思いっきり遊ぶ

五和校では、宿題が終わったら、子どもたちは思い思いに遊び始めます。学習机をくっつけて卓球をする。柔らかいボールでドッジボールやサッカーをする。レゴブロックで作品をつくる。カードゲームやボードゲームをする。絵を描いたり、クラフトをしたりする。天気がよければ五和小学校のグラウンドや夢づくり会館の公園へ行ったり、近所の水路で生き物を探したりすることもあります。

こうして書くと、ひだまり教室がたくさんの遊びを「提供している」ように見えるかもしれません。でも、多くの場合、遊びは子どもたちの一言から始まります。「サッカーやろう!」「水路行きたい!」「卓球しよう!」

誰かが言い出すと、やりたい子が集まってきます。もちろん、全員が同じことをする必要もありません。外でにぎやかに遊ぶ子もいれば、部屋で本を読んだり、一人で何かをつくったりする子もいます。

学校では時間割があります。家庭でも、夕食やお風呂、翌日の準備など、やらなければならないことがあります。だからこそ放課後には、子ども自身が、「今日は何をしたいのか」を決められる余白が必要だと思っています。
もちろん、何でも好き勝手にしてよいわけではありません。危険なことは止めます。一緒に遊ぶためのルールもあります。誰かが嫌な思いをしていれば、大人が関わることもあります。
それでも、大人が最初からすべての活動を決めるのではなく、「何して遊ぶ?」「どうやって遊ぶ?」を、できるだけ子どもたち自身で決められるような環境を提供しようとしています。
そうすると、遊びの中ではいろいろなことが起こります。小さな子がいれば力を加減する。人数が変わればルールを変える。意見が合わず、衝突することもある。負けて悔しくなることもある。でも、それも含めて遊びです。
本人たちは「勉強している」と思っていなくても、遊びながら考え、工夫し、人と関わっています。
放課後ひだまり教室が大切にしているのは、「宿題を終えたら、大人に与えられた活動をする時間」ではなく、「宿題を終えたら、自分たちの放課後を自分たちでつくる時間」にすることです。
勉強を頑張る時間と同じくらい、思いきり遊ぶ時間も大切にしています。
2-5 水路で捕まえたヤゴが羽化した
五和校の近くには、子どもたちがよく遊びに行く水路があります。
天気のよい日には、宿題を終えた子どもたちがタモや虫かごを持って出かけます。ドジョウや小魚、小エビ。季節によって、いろいろな生き物を見つけます。
そんなある日、子どもたちが水路でヤゴを捕まえてきました。ヤゴはトンボの幼虫です。捕まえたヤゴをひだまり教室に持ち帰り、しばらく飼うことになりました。

そして後日、そのヤゴがひだまり教室で羽化しました。水の中で暮らしていたヤゴが、出てきてトンボになったのです。

でも、この出来事は、大人が最初から計画していた「自然観察」の活動ではありません。始まりは、「水路に遊びに行こう」という子どもたちの気持ちでした。
水路へ行く。生き物を探す。ヤゴを見つける。「飼ってみたい」と思う。持ち帰って様子を見る。そして、ある日、羽化する。
遊びから始まったことが、自然に観察や発見へとつながっていきました。
私たちは、こうした経験をとても大切にしています。
学びは、机に向かって誰かから教えてもらうことだけではありません。「どうなるんだろう?」「やってみたい」という気持ちから、自分で確かめてみることも大切な学びです。
そして、このような出来事が生まれるための余白。子ども自身が見つけ、試し、偶然何かに出会う時間を大事にしたいと思っています。
遊びと学びは、本来、きれいに分かれているものではありません。
水路で捕まえた一匹のヤゴが、ひだまり教室でトンボになった。
子どもの「おもしろそう」から始まり、遊びが自然に学びへつながった、ひだまり教室らしい1学期の出来事でした。
2-6 地域の人と一緒に餅つき

1学期には、スタッフのTsurukiさんが臼と杵を持ってきてくれて、子どもたちと一緒に餅つきをしました。
今では、家庭で臼と杵を使って餅をつく機会は、ずいぶん少なくなっています。
子どもたちにとっても、「本物の杵ってこんなに重いんだ」「お餅って、こうやってつくるんだ」と、実際にやってみて初めて分かることがたくさんありました。

大きな杵を一生懸命持ち上げる子。周りで、「よいしょ!」と声をかける子。自分の番を楽しみに待つ子。いつもの放課後とは少し違う、にぎやかな時間になりました。
そして、この餅つきには、お隣のお父さんも手伝いに来てくださいました。

ひだまり教室のスタッフだけで完結するのではなく、近所の方が自然に加わってくださったこともうれしい出来事でした。
放課後ひだまり教室では、「地域で子どもを育む仕組みをつくる」ことを目指しています。でも、それは地域の人に大きな責任を負ってもらうということではありません。毎週決まった時間に来てもらう必要もなければ、特別な資格が必要なわけでもありません。

「臼と杵があるから、みんなで餅つきをしよう」という人がいる。それを手伝ってくれる人がいる。一緒に楽しんでくれる人がいる。
そんな一人ひとりの「できること」が持ち寄られることで、子どもたちの経験は豊かになっていくと思います。
地域には、いろいろな人がいます。
料理が得意な人。
工作が得意な人。
生き物に詳しい人。
昔の遊びを知っている人。
特別なことを教えなくても、一緒に遊んだり話をしたりしてくれる人。
そうした人たちと子どもたちが出会うこと自体に、大きな意味があります。
子どもたちにとっては、「自分のことを気にかけてくれる大人が、家族や先生以外にもいる」という経験になります。
地域の大人にとっても、子どもたちと関わることで、「地域の子ども」が顔の見える存在になっていきます。
今回の餅つきも、大規模なイベントではありません。スタッフが持っていた臼と杵があり、「せっかくだから、子どもたちとやってみよう」というところから始まりました。

そこへ近所の方が加わり、みんなで楽しんだ。
そんな何気ないつながりこそ、放課後ひだまり教室が大切にしたい「地域で共に育つ」姿の一つだと思っています。
子どもたちの放課後を、施設の中だけで完結させないこと。地域のいろいろな人とつながりながら、子どもたちの世界を少しずつ広げていくこと。
餅つきのにぎやかな風景は、そんなひだまり教室のあり方を象徴する、1学期の思い出の一つになりました。
2-7 給食がない日の昼食提供

五和校では、学校の給食がない日の昼食提供を放課後ひだまり教室で始めました。これまでは近くの「ひだまりカフェ」さん(放課後ひだまり教室発祥のコミュニティカフェ)で昼食提供をしていただいていましたが、放課後ひだまり教室の利用人数が増えたことと、スタッフの中で「昼食提供をしたい」と言ってくれたスタッフがいたことで始めました。
ひだまり教室を利用している子とスタッフ分、およそ30食を用意して、給食がない日の子どもたちに提供しています。

保護者のお弁当作りの負担の軽減に貢献できていると思いますし、子どもたちのコミュニケーションにも一役かっていると思います。
なるべく低予算に収めること、それでも栄養バランスを考えること、できるだけ残食なく作ることなど、ハードルとなることは多いのですが、スタッフが熱意をもって取り組んでくれています。

第3章 数字で振り返る2026年1学期
3-1 金谷校の利用実績
2026年度1学期の金谷校の利用状況は、次のようになりました。
| 月 | 開催日数 | 延べ利用者数 | 1日平均 |
| 4月 | 16日 | 30人 | 1.9人 |
| 5月 | 18日 | 51人 | 2.8人 |
| 6月 | 19日 | 49人 | 2.6人 |
| 7月 | 17日 | 66人 | 3.9人 |
| 1学期合計 | 70日 | 196人 | 2.8人 |
金谷校で実際に子どもたちの利用が始まったのは、4月8日でした。
最初は小学1年生と4年生の2人からのスタートです。

一般住宅の和室に数人の子どもたちが集まり、宿題をして、終わったら一緒に遊ぶ。
そんな小さな放課後から始まりました。
その後、利用する子どもが少しずつ増え、7月には7人になりました。
1日平均の利用者数も、4月の1.9人から7月には3.9人となり、1学期全体では延べ196人の利用がありました。
ただ、私たちが大切にしたいのは、数字が増えたことではありません。
2人が4人になり、7人になる中で、一緒に宿題をする仲間が増え、一緒に遊ぶ仲間が増え、学年の違う子ども同士の関係も生まれてきました。

利用人数が増えるということは、教室の中にいる人数が増えるだけではなく、子ども同士の関係が少しずつ豊かになっていくことでもあります。
まだまだ小さな金谷校です。
それでも、この数字の向こう側には、一人ひとりの子どもが通い始め、宿題をし、友達と遊び、「また明日」と帰っていく日々があります。

2026年度1学期は、金谷校が地域の中に日常的な放課後の居場所として、少しずつ根を張り始めた4か月間になりました。
3-2 五和校の利用実績
2026年度1学期の五和校の利用状況は、次のようになりました。
| 月 | 開催日数 | 延べ利用者数 | 1日平均 |
| 4月 | 21日 | 395人 | 18.8人 |
| 5月 | 18日 | 352人 | 19.6人 |
| 6月 | 22日 | 374人 | 17.0人 |
| 7月 | 16日 | 307人 | 19.2人 |
| 1学期合計 | 77日 | 1,428人 | 18.5人 |
五和校では、新1年生10人を迎え、ほかの学年にも新しい利用者が加わりました。
1学期全体では延べ1,428人、1日平均18.5人の利用がありました。

曜日によっては、1日の上限としている25人に達する日もあり、開設7年目にして、ほぼ満員の状態となりました。
2020年1月にこちらも2人から始まった五和校が、今では毎日20人前後の子どもたちが集まる場所になっています。
この数字で大切なのは、単に「たくさんの子どもが利用するようになった」ということではありません。
これだけの人数の子どもたちが集まりながら、学年の違う子どもたちが一緒に宿題をし、遊び、関わり合う日常を続けていることです。

人数が増えれば、運営は難しくなります。
学習の進み方も、遊び方も、過ごしたい時間も、一人ひとり違います。
だからこそ、人数が増えても子どもたちを一斉に管理するのではなく、一人ひとりの様子を見ることを大切にしています。
五和校の延べ1,428人という数字は、6年余り続けてきた活動が、地域の日常の中に定着してきたことを示す一つの数字だと思っています。
ほぼ満員になったから完成したわけではありません。
むしろ、これだけ多くの子どもたちが集まるようになった今だからこそ、安心して過ごし、丁寧に学び、思いきり遊べる環境をこれからも守っていく必要があります。
3-3 2校合わせて延べ1,624人
2026年度1学期、金谷校は延べ196人、五和校は延べ1,428人の利用がありました。
2校を合わせると、4月から7月までの1学期で、延べ1,624人の利用となりました。
始まったばかりの金谷校と、7年目に入った五和校。
規模も、歴史も、教室の環境も違います。
それでも、そこで積み重なっている日常には共通するものがあります。
学校から帰ってきたら宿題をする。
分からないことがあれば、スタッフや友達と一緒に考える。
宿題が終わったら遊ぶ。
学年の違う子どもたちが一緒に過ごす。
ときには地域の人やボランティアさんも加わる。
延べ1,624人という数字は、そんな一日一日の積み重ねです。
私たちが確かめたいのは、子どもたちをできる限り分けることなく、さまざまな子どもたちが一緒に学び、遊び、それぞれに必要な支援を受けながら過ごせる居場所を、特別なイベントではなく、日常の仕組みとして続けることができるのかということです。
その実践が、五和校と金谷校の二つの地域で積み重なり始めていることを示す数字だと考えています。
そして、数字だけでは見えないものがあります。
友達に勉強を教える子。
年下の子に「また遊ぼうね」と声をかける子。
遊びの中でルールを考え直す子どもたち。
水路の生き物に夢中になる子。
地域の大人と一緒に餅をつく子どもたち。
この1学期には、そんなたくさんの姿がありました。
では、子どもたちが毎日一緒に学び、遊び、関わる中で、どのような関係が育っているのでしょうか。
次の章では、放課後ひだまり教室が大切にしている「放課後の共同体」について、私たちの活動の理念をまとめてみたいと思います。
※ 2026年1学期の活動の報告は以上となります。以下は、私たち放課後ひだまり教室が大切にしたいと考えていることです。
第4章 子どもたちとつくる「放課後の共同体」
4-1 大人が子どもを育てているわけではない

放課後ひだまり教室で毎日子どもたちと過ごしていると、改めて感じることがあります。
それは、大人が子どもを育てているわけではないということです。もちろん、大人の役割はあります。分からない問題を一緒に考える。危険なことがあれば止める。子ども同士の関係がうまくいかないときには、必要に応じて間に入る。困っている子がいれば支える。
でも、子どもたちが成長する場面のすべてを、大人がつくっているわけではありません。

第1章、第2章で紹介してきたように、放課後ひだまり教室では、子ども同士が日常的に関わり合っています。
そのとき分かる子が、そのとき困っている子を助ける。
教えてもらった子は、新しいことが分かるようになります。
そして教えた子も、自分の考えを言葉にすることで、もう一度学び直しています。
遊びの中でも同じです。

年上の子が年下の子に遊び方を教える。
年下の子に合わせて力を加減する。
初めて参加する子を仲間に入れる。
金谷校では、「まだ帰りたくない」と言う1年生に、上級生が、「また遊ぼうね!」と声をかける姿がありました。毎日一緒に過ごす中で、自然と相手を気にかけるようになっていきます。
そして、そこで育っているのは年下の子だけではありません。年下の子がいるから、上級生には、待つ、譲る、教える、気にかけるといった経験が生まれます。自分より小さな子から頼られることで、「自分にもできることがある」ということにも気付きます。
上級生が下級生を育てるだけではなく、下級生の存在が上級生を育てています。

友達同士の関係も同じです。
一緒に過ごしていれば、いつも仲良くできるわけではありません。意見が合わない。負けて悔しくなる。言い過ぎてしまう。そんなこともあります。
でも、明日もまた同じ場所で過ごします。だから、「どうしたらまた一緒に遊べるのか」「相手はどう思っているのか」を考える必要が生まれます。
こうしたことは、大人から説明されるだけで身に付くわけではありません。実際に人と関わり、うまくいかなかったり、やり直したりする中で、少しずつ学んでいきます。
大人から学ぶ。
友達から学ぶ。
年上の子から学ぶ。
年下の子から学ぶ。
誰かに教えることで自分も学ぶ。
失敗した関係をつくり直すことで学ぶ。
子どもたちは、さまざまな人との関係の中で育っています。
だから私たちは、「大人が子どもを育てる」のではなく、「共同体の中で子どもたちが育っていく」と考えています。

放課後ひだまり教室が目指している「放課後の共同体」とは、大人が子どもを管理して正しい方向へ導くための集団ではありません。子ども同士が学び、遊び、助け合い、ときにはぶつかりながら関係をつくる。そこに大人も加わり、必要なときには支える。そんな共同体です。
4-2 トラブルも大切な学び
子どもたちが一緒に過ごしていれば、当然、トラブルも起こります。遊びのルールをめぐって意見がぶつかることもあります。負けて悔しくなり、強い言葉が出ることもあります。

放課後ひだまり教室では、トラブルを「起こしてはいけないもの」とは考えていません。
もちろん、誰かが傷ついたり、安心して過ごせなくなったりする状況を放置することはありません。でも、人と一緒に生活していれば、意見や気持ちがぶつかることはあります。大切なのは、トラブルを一切起こさないことではなく、トラブルが起きたときに、どうやって関係を整え直すのかを学ぶことだと思っています。
1学期、子どもたちがサッカーをしていたときにも、そんな場面がありました。

一人の子が反則をしました。ところが、その子が反則を認めずにプレーを続けると、別の子も、「あいつが反則するなら、俺もやる」と反則をするようになりました。そして、「反則してもかまわない」という雰囲気になり、遊びが荒れていきました。
そこでスタッフが、「ストップ!」と声をかけました。そして、
「今、『お前が反則するなら、俺も反則する』ってなっているよね。それって楽しいのかな?」
と問いかけました。
これは「誰が悪い」と決めたわけではありません。罰を与えたわけでもありません。「これからはこうしなさい」と答えを示したわけでもありません。
ただ、今、自分たちの間で何が起きているのかを見えるようにしました。すると子どもたちは、自分たちの状況を振り返り、「ルールは守ろう」と確認し合って、もう一度サッカーを始めました。
その後は、また楽しそうに遊んでいました。
もし大人がすぐに、「あなたが悪い」「謝りなさい」と決めてしまえば、その場は早く収まるかもしれません。でも、それだけでは、「どうしたらまた楽しく遊べるのか」を子ども自身が考える機会は少なくなります。
だからといって、「子ども同士のことだから」と、すべて任せればよいとは考えていません。
力の強い子の意見だけが通ったり、一人の子だけが我慢し続けたりすることもあります。自分たちだけでは関係を戻せなくなることもあります。だから大人が、必要だと思う時には関わるようにしています。
何が起きているのか。
それぞれがどう感じているのか。
このままではどうなりそうなのか。
それを一緒に整理しながら、できる限り子どもたち自身が、「じゃあ、これからどうする?」を考えられるようにしています。

共同体の中で生活するということは、いつも仲良くすることではないと思っています。違う考えの人と出会い、うまくいかないこともあるかもしれません。
それでも、誰かを一方的に責めたり排除したりするのではなく、立ち止まって関係を整え直す。
サッカーの中で起きた小さな出来事でしたが、子どもたちにとって、自分たちの共同体を、自分たちでもう一度よりよい方向へ戻していく経験になったのではないかと思っています。
4-3 「管理者」ではなく「伴走者」として

放課後ひだまり教室では、大人の役割を「子どもを管理すること」だとは考えていません。
もちろん、一定のルールは必要です。危険なことは止めます。誰かが安心して過ごせなくなっていれば関わります。宿題をいつまでもやらずにいれば、声をかけることもあります。
でも、
「大人の言うことを聞かせる」
ことが目的ではありません。
私たちが目指しているのは、「管理者」ではなく、子どもたちの「伴走者」として関わることです。

例えば、学校から帰ってくる途中で、大きなカマキリを捕まえてきた子がいました。ひだまり教室に着いても、カマキリが気になって仕方がありません。「すごく大きい!」と夢中になっています。でも、宿題はまだランドセルの中です。
「管理する」という発想なら、「カマキリは宿題が終わってから」「早く宿題を出しなさい」と言えば、すぐに宿題を始めさせられるかもしれません。
でも、私たちはまず、「大きなカマキリだね」「どこで捕まえたの?」と、その子が今夢中になっていることに一緒に目を向けます。
その上で、「宿題、どうする?」と聞きます。
すぐに始めなければ、しばらくしてから「どう? そろそろやる?」ともう一度声をかけます。
すると、「うん。そろそろやろうかな」と、自分からランドセルを開くことがあります。
一見すると遠回りかもしれません。でも、大切にしたいのは、大人にやらされたから動くことではなく、自分で気持ちを切り替えて動き始めることです。

もちろん、いつも優しく待っていればよいわけではないかもしれません。
やらなければならないと分かっているのに、嫌なことから逃げ続けているときには、
「今、嫌なことから逃げていない?」「やりたくない日もあるよ。でも、ずっと逃げているわけにはいかないよね」「さあ、やるか」と声をかけることもあります。
寄り添うことと、何でも許容きょようすることとは違うと思っています。
子どもの気持ちを尊重することと、子どもの言う通りにすることも違うと思います。
「やりなさい」と上から命令するのでもなく、「本人がやりたくないなら仕方がない」と放っておくのでもない。
「嫌なのは分かる。でも、一緒にやろう」と隣に立つ。
それが、私たちの考える「伴走」です。

そのためには、普段からの信頼関係が必要でしょう。
自分の好きなことに興味を持ってくれる。
頑張ったことを見てくれる。
困ったときには助けてくれる。
失敗しても一緒に考えてくれる。
そんな日々の積み重ねがあるからこそ、ときには少し厳しい言葉も届くのだと思います。
これは、学習だけの話ではありません。遊びのトラブルでも同じです。大人がすべてを解決するのではなく、「どうしたらいい?」と一緒に考える。
大人が先頭に立って、進む方向をすべて決めるのでもなく、だからといって、後ろからただ眺めているだけでもない。
必要なときには隣に立ち、少し手を貸す。また自分で歩けそうになったら、手を離す。
私たちは、大人の指示がなければ動けない子どもにしたくはありません。
自分で考える。
自分で選ぶ。
うまくいかなければやり直す。
困ったときには助けを求める。
誰かが困っていれば、自分も力を貸す。
そのために大人ができることは、子どもの前に立って進む方向を指し示すことではなく、子どもの隣を歩きながら、必要なときに支えること。
それが、放課後ひだまり教室が大切にしている「伴走者」としての大人のあり方です。
4-4 「教育」から「共育」へ

放課後ひだまり教室では、「教育」という言葉だけでなく、「共育」という考え方を大切にしています。
大人が知識や経験を子どもに伝えることは、もちろん必要です。学習につまずいている子に説明することもあります。危険なことを止めることもあります。
でも、子どもの成長は、大人から何かを教えてもらうことだけで起きているわけではありません。
子どもは、友達から学びます。年上の子から学びます。年下の子からも学びます。遊びながら学びます。失敗しながら学びます。誰かに教えることで、自分自身も学びます。
そして、大人もまた、子どもたちから学んでいます。
子ども同士の問題を見て、「ここは大人が入らなくてもよかった」と気付くことがあります。
反対に、見守っていたら一人の子だけが我慢していて、「ここは関わるべきだった」と学ぶこともあります。
どこまで待つのか。
どこで声をかけるのか。
いつ手を貸し、いつ手を離すのか。
私たち大人も、子どもたちとの毎日の中で試行錯誤を続けています。

だから、放課後ひだまり教室では、子どもだけが「育てられている」のではありません。子どもが育つ。大人も育つ。子ども同士の関係が育つ。地域の人との関係も育つ。そして、その積み重ねによって、共同体そのものも育っていきます。
地域のボランティアさんとの関係も同じです。
子どもたちは、学校や家庭だけでは出会えない大人と出会います。大人も、子どもたちと過ごす中で、今の子どもの考え方や日常を知っていきます。
そうやって、「地域の子ども」と「地域の大人」が、同じ地域で一緒に暮らす人としてつながっていきます。
私たちがつくりたいのは、大人が子どもにサービスを提供するだけの場所ではありません。
子どもたちが互いに学び、遊び、助け合う。
大人がその関係を支えながら、自分自身も学ぶ。
地域の人も加わり、その場所の関係そのものが少しずつ豊かになっていく。
それが、放課後ひだまり教室が考える「共育」です。
五和校では6年余り、その関係を育ててきました。そして、今年始まった金谷校でも、小さな共同体が育ち始めています。場所も、人数も、集まる子どもたちも違います。同じ共同体になる必要はありません。大切なのは、それぞれの地域で、そこにいる子どもや大人が関わりながら、その場所に合った共同体を育てていくことです。
子どもを育てるのではなく、子どもと共に育つ。
その積み重ねによって、「放課後の子どもたちの共同体」を育んでいくこと。
それが、放課後ひだまり教室が目指している「共育」の姿です。
第5章 子どもを真ん中にした居場所づくりへの挑戦
5-1 できる限り、子どもを分けない

放課後ひだまり教室を始めたときから、私たちが大切にしてきたことがあります。
それは、できる限り、子どもたちを分けないことです。
放課後ひだまり教室では、保護者が働いているかどうかによって利用できる子どもを分けていません。
障害の診断があるかないかによって分けることもしていません。
年齢による制限も設けていません。
また、有料で利用している子だけで放課後の遊びを囲い込むこともしません。宿題を終えた子どもたちが、一度家に帰ってから遊びに来た地域の子どもたち(無料)と一緒になります。そこでは、「学童を利用している子」「学童を利用していない子」という区別はありません。
私たちがこうした仕組みにしているのは、単に「誰でも利用できます」と言いたいからではありません。
そもそも、大人の側の事情によって、必要以上に子どもを分ける必要があるのだろうかと思うからです。
保護者が働いている家庭の子と、そうではない家庭の子。
障害の診断がある子と、ない子。
低学年の子と、高学年の子。
制度やサービスの側には、それぞれ区分があります。

でも、子どもの側から見ればどうでしょうか。
学校では一緒に学び、遊んでいた友達が、放課後になると、
「あなたはこちら」
「あなたはあちら」
と別々の場所へ行く。
子ども自身は、保護者の就労状況を選べません。
障害の診断の有無も、自分で決めたことではありません。
それなのに、大人がつくった条件によって、放課後に誰と過ごせるのかまで決まってしまう。
それが本当に、子どもにとって一番よい仕組みなのだろうか。
私たちは、そこに違和感を持っています。
だから放課後ひだまり教室では、
「この子は、どの制度に当てはまるのか」
ではなく、
「この子が、地域の中で安心して楽しく過ごすためには何が必要なのか」
から考えます。
もちろん、「分けない」ということは、全員を同じように扱うという意味ではありません。
子どもは一人ひとり違います。
学習に支援が必要な子もいます。
人との関わりが苦手な子もいます。
大人数では疲れてしまう子もいます。
だからこそ、その子に合わせて必要な支援を考えます。
分からない問題があれば一緒に考える。
集中が難しければ、学習する量や時間を調整する。
友達との関係に困っていれば、一緒に整理する。
一人になりたいときには、落ち着ける場所を考える。
同じ場所で過ごしながら、それぞれに必要な支援をする。
私たちは、そういう居場所をつくりたいと思っています。
そして、いろいろな子が一緒にいるからこそ、第四章で書いた「放課後の共同体」も生まれます。
得意な子が困っている子を助ける。
年上の子が年下の子に合わせる。
年下の子が年上の子に憧れる。
自分とは違う相手と一緒に過ごすために、どうしたらよいかを考える。
私たちが目指しているのは、違いをなくすことではありません。
違いがあっても、できる限り同じ場所で一緒に過ごせること。

五和校で6年余り続けてきた実践と、今年始まった金谷校の挑戦を通して、私たちはその可能性を示していきたいと思っています。
5-2 制度ではなく「子ども」を主語にする
現在、子どもたちの放課後を支える仕組みには、放課後児童クラブや放課後等デイサービスなどがあります。
放課後児童クラブは、主に保護者の就労などによって、放課後に家庭で保育を受けることが難しい子どもたちを対象としています。
放課後等デイサービスは、障害のある子どもたちに療育や福祉的な支援を提供する仕組みです。
それぞれ、行政上の目的から別の制度としてつくられています。
行政の仕事として分かれているからといって、子どもの生活まで同じように分ける必要があるのでしょうか。

例えば、保護者が働いていない家庭の子でも、放課後に友達と過ごしたい子はいます。
宿題を一人で進めることが難しく、学習支援を必要としている子もいます。
障害の診断がある子でも、いつもの友達と遊び、地域の中で放課後を過ごしたい子がいます。
逆に、診断がなくても、人との関係や学習、気持ちの切り替えなどに支援を必要としている子もいます。
子どもの困りごとや願いは、制度の境界線に合わせてきれいに分かれているわけではありません。
だから私たちは、
「この子は、どの制度の対象なのか」
ではなく、
「この子にとって、どんな放課後が一番よいのか」
という問いから始めたいと思っています。
主語を変えると、見えるものが変わります。
「保護者の就労を支援する」を主語にすれば、保護者が働いているかどうかが重要になります。
「障害のある子どもに療育を提供する」を主語にすれば、障害の有無が重要になります。
でも、
「この地域の子どもにとって、どんな放課後が最善なのか」

を主語にすれば、
友達と遊べること。
安心して帰ってこられる場所があること。
宿題で困ったときには助けてもらえること。
一人になりたいときには落ち着けること。
学校や家庭以外にも、自分を知っている大人がいること。
そうした子どもの生活そのものが見えてきます。
必要なのは、まずその子自身を見ることです。
何が得意なのか。
何に困っているのか。
どんなときに安心できるのか。
どんな支援があれば過ごしやすいのか。
放課後ひだまり教室では、実際に一緒に過ごし、学習や遊び、友達との関係を見ながら、その子に必要な支援を考えてきました。
子どもを制度の中に当てはめるのではなく、目の前の子どもから支援の形を考える。
その順番を大切にしています。
「子ども真ん中」という言葉を、本当に実現するのであれば、大人の側の制度や都合ではなく、まず子どもの生活から考える必要があります。

行政の担当部署が違うことも、制度の財源が違うことも、子ども自身には関係ありません。
制度に子どもを合わせるのではなく、子どもに合わせて制度や支援の方を変えていく。
それが、本当の意味で「子どもを真ん中にする」ということだと思って、この挑戦を続けています。
5-3 必要なのは「別の場所」ではなく「必要な支援」

子どもに何らかの困りごとがあると、
「この子には別の場所が必要なのではないか」
と考えられることがあります。
学習についていくことが難しい。
集団の中で落ち着いて過ごすことが難しい。
友達とのトラブルが多い。
気持ちの切り替えに時間がかかる。
そうしたとき、子どもを今いる集団から分け、別の環境で支援する方法が選ばれることがあります。
しかし私たちは、
「支援が必要であること」と「別の場所に分けること」は、本当に同じなのだろうか
と考えています。
例えば、第1章で紹介した金谷校の6年生。
5年生の算数のテストでは十分な点数を取れていませんでした。
でも、実際に学習の様子を確認すると、理解する力がないわけではありませんでした。
必要だったのは、別の学習集団へ移すことではなく、どこでつまずいているのかを確認し、必要なところを復習することでした。
人との関係でも同じです。
友達とのトラブルが多い子がいたときに、
「集団から切り離す」
と分ければ、その場のトラブルは減るかもしれません。

でも、その子に本当に必要なのは、
自分の気持ちを伝える方法を一緒に考えること。
興奮したときに落ち着ける場所を用意すること。
相手との距離の取り方を考えること。
関係がこじれたときに、大人が整え直す手助けをすること。
そうした支援かもしれません。
だから私たちは、
「この子をどこへ分けるか」
ではなく、
「この子がみんなと一緒に過ごすためには、どんな支援があればよいか」
をまず考えます。
学習支援が必要なら、学習を支える。
人間関係の支援が必要なら、関係づくりを支える。
課題の量が多すぎるなら調整する。
にぎやかな環境で疲れるなら、静かに休める場所をつくる。
気持ちを言葉にするのが難しければ、一緒に整理する。
子どもを支援に合わせるのではなく、支援の方を子どもに合わせる。

これは、障害のある子どもだけの話ではありません。
診断がなくても支援を必要としている子はいます。
反対に、障害の診断があっても、少し環境を工夫したり、必要なときだけ支えたりすれば、ほかの子どもたちと一緒に過ごせる子もいます。
つまり、診断の有無だけでは、実際に必要としている支援の内容は決まりません。
だからこそ、制度上の分類だけではなく、目の前の一人ひとりを見る必要があります。
そして、一緒に過ごすことにも意味があります。
いろいろな子どもがいるから、助けたり、助けられたりする関係が生まれます。
自分とは違う人がいることを知ります。
自分の得意なことが誰かの役に立つことにも気付きます。

もちろん、どんな状況でも必ず同じ場所で過ごさなければならない、と考えているわけではありません。
子どもの状態によっては、刺激の少ない環境や専門性の高い支援が必要なこともあります。
大切なのは、最初から、
「障害があるから別の場所」
「集団で困っているから別の場所」
と決めるのではなく、
「一緒に過ごすためにできることはないだろうか」
と、まず考えることです。
その上で、本当に別の環境がその子にとって最善なのであれば、その場所を考えればよい。
順番が大切だと思っています。
必要なのは、「支援が必要な子のための別の場所」を次々につくることではなく、子どもたちが一緒に過ごしている場所に、必要な支援を届けられる仕組みだと思うのです。
5-4 制度の枠を少し広げればできるのではないか

では、ここまで書いてきたような放課後の居場所をつくるためには、まったく新しい制度を一からつくらなければならないのでしょうか。
私たちは、そうは考えていません。
今ある仕組みの枠を、それぞれ少しずつ広げるだけでも、子どもたちの放課後は大きく変えられるのではないかと思っています。
現在は、行政の業務ごとに支援が分かれています。
保護者の就労を支える仕組み。
障害のある子どもへの支援。
教育。
福祉。
子育て支援。
それぞれ担当部署があり、制度や予算があります。
でも、一人の子どもの生活は、そんなふうに分かれていません。
一人の子どもの中に、
学習があります。
遊びがあります。
友達関係があります。
家庭があります。
学校があります。
発達上の困りごとがあることもあります。
それらは全部つながっています。
だから、本当に子どもを真ん中に置くのであれば、行政側の仕事の区分から放課後を組み立てるのではなく、子どもの生活全体から仕組みを考える必要があります。

例えば、放課後児童クラブが、保護者の就労状況だけで子どもを区切るのではなく、もう少し地域の子どもたちに開かれたらどうでしょう。
「友達と一緒に過ごしたい」
「宿題を見てもらいたい」
「家庭以外にも安心して過ごせる場所がほしい」
そうした子どもの願いから利用できるようになれば、保護者の働き方によって放課後が分けられることは少なくなります。
一方、障害福祉の分野には、一人ひとりの特性を理解し、環境やコミュニケーションを調整する専門性があります。
その専門性を、
「障害のある子どもだけが通う別の場所」
の中だけで使うのではなく、地域の子どもたちが一緒に過ごしている場所にも届けられないでしょうか。
困っている子がいる場所へ、必要な専門性が出向く。
日常の居場所のスタッフと専門職が一緒に支援を考える。
そうすれば、支援を受けるために子どもを共同体から切り離すのではなく、共同体の中に必要な支援を加えることができます。
学校との関係も同じです。
学校では困っている。
放課後では元気に過ごしている。
家庭ではまた違う姿を見せている。
一人の子どもでも、場所によって見える姿は違います。
学校、家庭、放課後の居場所、福祉などが、
「この子にとって、今どんな支援が必要なのか」
という問いを共有できれば、支援の形はもっと柔軟になるはずです。
必要なのは、すべての制度を一つに統合することではありません。
制度と制度の間にある壁を低くして、相互に行き来ができるようにすることです。

放課後児童クラブは、もう少し地域に開く。
障害福祉の専門性は、子どものいる地域へ出ていく。
学校は、放課後の居場所とつながる。
地域の人も、できる範囲で関わる。
それぞれが今より少しだけ枠を広げれば、その真ん中に、いろいろな子どもたちが一緒に過ごせる場所をつくることができるのではないでしょうか。
放課後ひだまり教室で行っていることも、一つひとつを見れば特別なことではありません。
学校から帰ってくる。
宿題をする。
困っていれば支援する。
終わったら遊ぶ。
友達とのトラブルがあれば一緒に考える。
必要な配慮があれば環境を調整する。
地域の人やボランティアさんも関わる。
違うのは、それらを制度ごとに分断せず、一人の子どもの放課後の中でつないでいることだと思います。
私たちは、新しい巨大な制度をつくろうとしているわけではありません。
むしろ、今ある制度の境界を少し緩めたいのです。
「この制度の対象だから、ここ」
「対象ではないから、利用できない」
という考え方から、
「この子は地域の子どもだから、まず一緒に過ごす。そして、必要な支援があれば届ける」
という考え方へ変えていく。

もちろん、安定した財源や人材の確保など、現実的な課題はあります。
それでも、五和校で6年余り、そして今年から金谷校でも、子どもたちが一緒に学び、遊び、育ち合っている姿を見ると、
「制度が違うからできない」
のではなく、
「子どもを真ん中にして制度の使い方を考え直せば、できることはもっとある」
ということを実証しようとしてきた6年余りf5でした。
「子ども真ん中社会」を本当に実現するのであれば、制度の側から子どもを見るのではなく、子どもの側から制度を見ること。
そして、今ある制度の境界を少しずつ子どもの側へ広げていく。
放課後ひだまり教室という小さな実践を通して、私たちはその可能性をこれからも示していきたいと思っています。
第6章 放課後ひだまり教室を他の地域に広めていく挑戦
6-1 五和校で6年余り続けてきたこと

放課後ひだまり教室五和校は、2020年1月に始まりました。
最初から大きな施設があったわけでも、たくさんの利用者がいたわけでもありません。
地域の中で、小さく始まった放課後の居場所づくりの挑戦でした。
そこから6年余り、私たちは毎日の放課後を積み重ねてきました。
学校から帰ってきたら宿題をする。
分からないところがあれば一緒に考える。
終わったら遊ぶ。
けんかをすることもあれば、仲直りすることもある。
疲れている日も、なかなか宿題に取りかかれない日もあります。
そんな特別ではない毎日の生活を続けてきました。
ここで大切なのは、「いろいろな子どもが一緒に過ごせる」という理念を掲げたことだけではありません。
それを日常として6年余り続けてきたことです。
子どもの人数が増えれば、学習支援にも人手が必要になります。

年齢の幅が広がれば、過ごし方も違ってきます。
人間関係のトラブルも起こります。
必要な支援も一人ひとり違います。
安全管理や保護者との相談、スタッフやボランティアさんとの連携も必要です。
どれだけよい活動でも、運営そのものが続かなければ、子どもたちの日常の居場所にはなりません。
だから私たちは、
「こんな場所があったらいい」
と理想を語るだけではなく、それを日常的に運営し続けることを愚直にやってきました。

五和校は年間240日以上開催し、学校のある日の放課後だけでなく、長期休業中にも子どもたちを受け入れてきました。
毎年、新しい子どもが入り、それまで利用していた子どもたちは学年が上がっていきます。
子どもたちの顔ぶれも、スタッフも、地域との関係も少しずつ変わってきました。
それでも、
「放課後を楽しく、学びに満ちた時間にする」
という基本は変わっていません。
2026年度、五和校は開設7年目にして、ほぼ満員となりました。
でも、私たちが示したいのは、
「開設7年目で人気の学童になった」
ということではありません。
子どもたちを必要以上に分けることなく、学習、遊び、人間関係、地域とのつながりを一人の子どもの放課後の中につなぐ。
そんな居場所を、一時的な取り組みではなく、地域の日常として続けてきた。
私たちにとって、五和校の6年余りは、その一つの実証です。
もちろん、完成した仕組みがあるわけではありません。
課題があれば考え、試し、修正しながら続けてきました。
その積み重ねの先に、今、
「ただいま」
と子どもたちが帰ってくる五和校があります。
では、これは五和小学校区だからできたことなのでしょうか。
長い時間をかけて人とのつながりをつくってきた、五和校だけの特別な事例なのでしょうか。
私たちが次に確かめたかったのは、そこでした。
6-2 金谷校という「2校目」の意味
2026年度、私たちは五和小学校区の外へ一歩を踏み出し、金谷小学校区に「放課後ひだまり教室金谷校」を開設しました。
金谷校をつくった意味は、単に教室が二つになったということではないと思っています。
五和校で6年余り続けてきた放課後の仕組みが、条件の違う別の地域でも成り立つのかを確かめることにあります。
五和校には、6年余りかけて育ててきたものがあります。
保護者同士の口コミがあります。地域やボランティアさんとのつながりがあります。
子どもたちの中にも、年上の子が新しく来た子を迎える関係が育っています。
金谷校は、それを他の地域でも実践できるのかに答えるための2校目です。
そして、金谷校は五和校とはかなり条件が違います。
五和校は空き家だった一軒家を使い、現在では毎日多くの子どもたちが集まっています。
一方、金谷校は一般住宅の和室をお借りして始まりました。
利用開始初日の4月8日は、小学1年生と4年生の2人だけでした。
本当に小さなスタートです。
でも、だからこそ意味があると思っています。立派な専用施設がなければ始められないわけではない。最初から大勢の利用者がいなければ成立しないわけでもない。
小さな場所に子どもが集まり、大人が関わり、一緒に毎日の放課後を積み重ねていく。そこから共同体をつくることができるのではないか。
金谷校でも、この1学期に少しずつ関係が生まれてきました。
学校から帰って宿題をする。必要なところは丁寧に支援する。宿題が終われば、学年の違う子どもたちが一緒に遊ぶ。
五和校で関わってくださっていたボランティアさんも、金谷校へ来てくださいました。
そして利用する子どもも、4月の2人から7月には7人になりました。
もちろん、五和校の6年余りと、始まったばかりの金谷校を同じように評価することはできません。利用者はまだ少人数ですし、安定した運営についても、これから確かめていかなければなりません。
それでも、この1学期で見えてきたことがあります。
五和校で大切にしてきた考え方は、場所が変わっても実践することができる。
金谷校という2校目をつくった意味は、ここにあります。
五和校で続けてきた仕組みを別の地域へ移し、そこで本当に子どもたちを迎え、毎日の放課後をつくってみる。
そして、「この仕組みは、ほかの地域でも成り立つのか」という問いを、理念ではなく実践によって確かめていく。
金谷校は、その最初の挑戦です。
6-3 「どこででもできる仕組み」へ
放課後ひだまり教室が目指しているのは、五和校とまったく同じ施設を、別の地域に次々とつくることではありません。
五和校には五和校の環境があります。
金谷校には金谷校の環境があります。
集まる子どもの人数も、使える場所も、地域にいる人も違います。だから、それぞれの地域で同じ形になる必要はないと思っています。
大切なのは、形ではなく、「何を大切にして、子どもたちの放課後をつくるのか」という考え方です。
五和校は一軒家をお借りして運営しています。
金谷校は一般住宅の和室から始まりました。
特別な建物や最新の設備があるわけではありません。
それでも、子どもたちは学校から帰ってきて、宿題をし、遊び、年上や年下の子と関わりながら放課後を過ごしています。
別の地域で始めるときにも、五和校をそのままコピーする必要はありません。
地域によって、使える場所も違います。
関わってくれる人も違います。
必要としている子どもたちの状況も違います。
地域にあるものを生かして、その地域に合った形をつくっていけばよいのだと思います。
五和校も、最初から完成した設計図があったわけではありませんでした。
子どもたちと過ごしながら、「ここはもう少しこうした方がいい」「この子には、こんな支援が必要だ」と一つずつ考え、必要なものを加えてきました。
金谷校も、小さな場所と少人数から始まりました。
最初から完璧なものをつくらなければ始められないわけではないと思います。
まず子どもたちが集まることができる場所を用意する。
一緒に宿題をする。
一緒に遊ぶ。
困っている子がいれば支える。
地域の人が少しずつ関わる。
その日常を積み重ねながら、必要なものを整えていく。
それが、五和校で続けてきたことです。
ただし、「どこででもできる」ということは、「簡単にできる」という意味ではありません。
毎日の活動を安定して続けるためにはスタッフが必要です。
安全に過ごせる環境も必要です。
一人ひとりに丁寧に関わるための人材も必要です。
そして、運営を続けるための財源も必要です。
利用料を高くすれば、利用できる家庭が限られます。
一方で、利用料を抑えれば、安定した運営のための財源確保は難しくなります。
「いい活動だから、誰かが無償で頑張れば続く」では、持続可能な仕組みにはなりません。
だからこそ、これから五和校と金谷校の実践を通して、
どのくらいの子どもに、どのくらいの大人が必要なのか。
どのような場所なら運営できるのか。
どの程度の費用が必要なのか。
地域の人に、どんな形で関わってもらえるのか。
何を共通の仕組みにし、何を地域ごとに変えていけばよいのか。
そうしたことを一つずつ確かめていきたいと思っています。
私たちが目指しているのは、「放課後ひだまり教室」という名前の施設を増やすことではありません。
子どもたちが、できる限り分けられることなく、地域の中で一緒に学び、遊び、育ち合える放課後の居場所が、いろいろな地域に生まれることです。
その形は違っていい。
名前も違っていい。
運営する人も違っていい。
でも、子どもを仕組みに合わせるのではなく、一人ひとりの子どもから必要な支援を考える。
子どもを管理するのではなく、隣を歩く。
学習だけでも遊びだけでもなく、その子の放課後全体を見る。
地域の人も一緒に関わる。
そんな基本的な考え方は、ほかの地域でも共有できるのではないかと思っています。
五和校で6年余り続けてきたこと。
そして、この1学期に金谷校で始まったこと。
まだ二つの小学校区での小さな実践にすぎません。
それでも、五和校だけで終わらず、金谷校でも子どもたちの放課後が形になり始めたことは、大きな一歩だと思っています。
「こんな居場所があったらいい」を、「ここでもできる」に変えていく。
そして、それを一つの地域だけではなく、いろいろな地域で実現できる仕組みにしていく。
それが、放課後ひだまり教室がこれから挑戦していきたいことです。
おわりに 2学期も「楽しく、学びに満ちた放課後」を
2026年度1学期を振り返ると、本当にたくさんの出来事がありました。
五和校では10人の新1年生を迎え、開設7年目にしてほぼ満員となりました。
金谷校では、4月に2人から始まった小さな放課後が、7月には7人の子どもたちが利用する場所になりました。
2校合わせた延べ利用者数は1,624人でした。
でも、この活動報告で一番伝えたかったのは、その数字ではありません。
宿題を続ける中で、「ちゃんとやれば、自分にもできる」ということを実感した子がいました。
漢字ノートを見ながら、「この頃、直される数が減ったよねぇ」と、自分の成長に気付いた子がいました。
「まだ帰りたくない……」と言う1年生に、「また遊ぼうね!」と声をかける上級生がいました。
友達に勉強を教える子。
遊びのルールを自分たちで考え直す子どもたち。
水路の生き物に夢中になる子。
地域の大人と一緒に餅をつく子どもたち。
そうした一つひとつの姿こそが、放課後ひだまり教室の1学期だったと思います。
私たちがつくりたいのは、何か特別なことをする場所ではありません。
学校から帰ってきて、「ただいま」と言える。一緒に宿題を頑張れる。分からなければ助けてもらえる。終わったら思いきり遊べる。うまくいかなければ、もう一度やり直せる。そして、自分のことを気にかけてくれる友達や大人がいる。
そんな毎日の居場所を、放課後に用意することです。
この1学期を振り返って改めて感じたのは、子どもの居場所は、大人だけでつくるものではないということです。
子どもたち自身が、新しく来た子に声をかけ、遊びをつくり、友達を助け、ときにはけんかをし、仲直りをしながら、その場所をつくっています。
そこにスタッフやボランティアさん、地域の皆さん、そして保護者の皆さんが関わることで、「放課後の共同体」が少しずつ育っていきます。
1学期も、子どもたちを見守り、支えてくださった皆さん、本当にありがとうございました。
2026年度は、五和校で6年余り続けてきた取り組みが、金谷校という新しい地域へ広がった節目の年でもあります。
まだ課題はたくさんあります。
五和校で、人数が増えても一人ひとりを丁寧に見続けること。
金谷校を地域の中にしっかりと根付かせること。
スタッフやボランティアさんが無理なく関われる仕組みをつくること。
そして、子どもを真ん中にした居場所を、ほかの地域でも実現できる仕組みにしていくこと。
その挑戦は、まだまだ道半ばです。
でも、その先にあるのも、結局は毎日の放課後です。
また子どもたちが、
「ただいま!」
と帰ってきます。
ランドセルを置いて、
「今日の宿題多い~!」
と言います。
宿題が終われば、
「サッカーやろう!」
「水路行こう!」
「一緒に遊ぼう!」
という声が飛び交います。
そして、お迎えの時間には、
「今日も楽しかった!」
と言って帰っていく。
そんな何気ない放課後を、一日一日大切につくっていくこと。
それが、私たちにできる一番大切なことだと思っています。
2学期も、子どもたちと一緒に学び、遊び、失敗し、笑いながら、放課後ひだまり教室をつくっていきます。
子どもたちが「今日も楽しかった」と言って帰れる放課後を、地域の中で、これからもつくり続けていきます。
(このブログはChatGPTも活用して作成しました。)